――――黙れよ。(Fate/hollow ataraxia)

「これ以上は燻れない――――明朝にここを出立します。早く決着をつけな……」
「バカ言うな。その傷でまだ闘うのかよ?その指示は聞けない」

 壊れかけのソファーに転がっている女に向かってひらひらと手を振る。
 気を悪くしたのか、向こうから多少の殺気を含んだ張り詰めた空気が伝わってくる。

「従いなさい、ランサー。向こうも軽傷ではない。動けるうちに仕留めておけ……」
「うるせぇな、聞けねぇつってんだろ。今は動く時じゃねぇ。今は、」

 手の届く距離から臭う深い血の香り。
 それが、あいつが負った傷の深さを証明している。

 ったく……なんて不甲斐無い。
 サーヴァントである自分がついていながら、だ。

 これでも、戦闘に関しては人間以上に自信はあるし、
 多少の傷ぐらいでどうこうなる程ヤワでもない。
 ヤワではないが。

 まさか、マスターとはいえ女にかばわれるとは。
 っとに、情けねぇ。

――――今は休む時だ、マスター」

 オレに向かって睨みを利かすマスターに、再度言い聞かせるように言葉を口にした。
 その言葉に一度目を閉じて、またオレを睨む。

「却下します。勝機は逃せない。従わないと言うのなら」
「令呪を使ってまでも死に急ぐか。お前、馬鹿だろ?」
「ばっ?!…………っ、今の暴言を撤回しなさい、ランサー!」

 ガタン、と派手な音を立ててバゼットが立ち上がった。
 が、思うように身体を支えきれず足元が覚束ないのか、膝から崩れ落ちそうになる。
 それに手を伸ばして身体を抱き留めた。

「……っく」
「これでもまだ闘える、と?」
「…………………………だって」

 俯いている顔の表情はわからない。
 それでも、泣きそうな顔してんだろうなと容易に想像がつく、弱い声。

「あと……あと一人倒せば」

 そんな時は決まって呟く、あの言葉。

「逢いに、行けるのに」

 それは、本当にすげぇ癪にさわんだよ、マスター。

 バゼットを支えていた腕を解いて、左手で無理矢理こいつの顔を上げる。

「っ、な、何を……!」
――――黙れよ」

―――黙れよ。

 本当に泣きそうな顔を一瞥して、そのまま唇を奪った。

 ――――あぁ、癪だが認めてやる。
 オレはその代行者に嫉妬している。

 それほど、バゼット・フラガ・マクレミッツに惹かれているということも。

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