堕落論

 熱が頬を掠める。
 同じ熱さ、同じ速度で、艶やかな音が耳を駆け抜ける。
 抱き締められて触れ合った箇所が熱い。

 触れる度に上がる熱に浮かされた声は、遠慮なんて最初からなかった。
 昂ぶっていくあたしの情を無遠慮に煽り焚き付けて、理性をことごとく打ち砕いていく。

 この声は、毒だ。

 とても中毒性の高い。
 一度口にすると抜けられない。
 とても危険でとても甘美な媚薬。
 快楽によがる彼女よりも早く、意識が飛んでしまいそうになる猛毒だ。

 その毒に侵されながら、それを以って彼女を犯す。
 もっと溺れたくて、彼女から快楽という名の毒を引き出す。
 上気した汗ばんだ肌をくまなくまさぐり。
 指先で触れる熱とは違う熱さを乱暴に掻き乱して。
 むせ返る程密度の濃い呼吸を貪って。
 纏わり付く彼女の全てと融け合えるように。

 時折見せる、深い藤色に滲む言葉に出来ない感情を上から塗り潰せるものが欲しかった。
 色んなものを見透かしたようなあの瞳にあたしだけを映せるものを。
 例えそれがほんのひと時しか効力のないものでも。
 その瞬間だけは、乱雑に散らばっている世界の何物からも引き離して。

 ただあたしだけを。
 映して欲しいと願う。

 トーンの高い声と共に、強張っていた彼女の身体がより強い緊張を見せた。
 それも少しの間で、腕を強く握られていた手やその身体が次第にゆるゆる緊張を解き始める。
 不規則な強弱をつけて指を絞める内を撫でるようにして手を引き抜いた。
 火傷する程の熱の中心から溢れる蜜が僅かな光を反射して鈍く光った。
 それを舌先で掬いながら丁寧に舐め取る。

 濃度の濃い、甘い毒。
 彼女だけが持っている、あたしを酔わす甘い甘い毒。

 全身で息をする彼女の、汗で張り付いた前髪をかき上げて額に小さくキスをする。
 それまで閉じられていた瞳がうっすらと開いてあたしを映した。
 本気か、と訴える瞳の色。
 それに唇を奪う事で肯定する。

 当たり前だ。
 あたしにはまだ足りない。

 もっと欲しい。

 身動きが取れなくなってそのまま呼吸さえ奪われてしまう程に、もっと深く、もっと強く。
 理性が利かない獣に成り下がる程に。

 好きだとか愛してるだとか、そんな陳腐な言葉なんて今はいらないから。

 ただもっと。
 その甘い毒であなたを汚して。
 その甘い毒であたしを侵して。

 それが出来るのは、あなただけだから。

 ――――ねぇ?

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